勇者によって魔王は倒され、平和が訪れた世界――。
だがしかし、徐々に平和ボケしていく民衆に、王は頭を抱えていた……。
従者:「王様、勇者様が参られました」
王様:「うむ、通せ」
従者:「はっ」
勇者:「っちょりーッス」
王様:「軽っ!! ってか何その格好!」
勇者:「いやー、魔王倒した後のフィーバーで、勢いってヤツっスね!」
王様:「それにしたって軽すぎでしょ!?もう、そんなんでホント大丈夫なの?」
勇者:「いぇーーーい大丈夫ー!」
王様:「あ、だめだこいつ」
王様:「さて、勇者よ。 お前を呼んだのは他でもない」
王様:「…呼び立てたのは他でもない、実はこの国に危機が迫っておる」
勇者:「えー、なんすかそれ、めんどくさいんすけど」
王様:「ええい、そんなこと言ってる場合か!アホボケカス!ピザ!」
勇者:「わかりました、やせます」
王様:「そうしてもらえるとビジュアル的にもありがたい」
王様:「…して、この国の危機についてだが」
勇者:「あーはいはい、ダイエットついでになんでもどうぞー」
王様:「勇者よ、民を導いてはくれぬか。 主に戦闘能力的な意味で」
勇者:「戦闘能力的な意味で?」
王様:「そうじゃ。 魔王討伐から20年、この国はよい国になった」
王様:「民は皆笑顔で、魔物に怯える事もなく、娯楽文化は発展し、暮らしよい国になった」
王様:「じゃがしかし…このままでは、いかんのだ」
勇者:「と、申しますと?」
王様:「ぶっちゃけズバーっと言っちゃうと、みんな弱っちいの! こんなんじゃなんかあったときにワシの身が危ないの!」
王様:「っていうか皆だらけすぎなの! どうよこれ!」
勇者:「あー、それはさすがにマズいっすねー」
王様:「だっしょー?だぁーーっしょーーー?!」
王様:「…であるからして、民衆に再び、死なない程度の刺激と絶望しない程度の恐怖を与え、より強く住みよい国づくりを、そなたに任せようと思う」
勇者:「主に戦闘能力的な意味で?」
王様:「主に戦闘能力的な意味で」
かくして勇者は再び、国家の(主に国王の)安定と自立の為、自分自身と民衆を鍛える旅に出る事となった。
王様:「あ、いや別に旅はしなくてもいいよ」
王様:「領地の外れに洞窟があったはずだから、そこをなんかこう、うまいことトントンカンカンして、練兵所みたいなところ作ってくれたらそれでいいから」
勇者:「そっすか。 じゃあいってきます」
王様:「うむ、頼んだぞ、勇者よ。 この国の未来がかかっておるのじゃ」
とはいったものの、自分自身もだらけきった生活を送っていた勇者は現在Lv1。
簡単な回復魔法と粗末な装備のみ、必殺技もすっかり忘れ街道の野生動物にすら勝てるかどうかといった具合。
ここはひとつ、昔なじみのパーティメンバーに声をかけて死なない程度にしとかないと多分洞窟にたどり着く前に死んでしまう可能性があった。
教会の元僧侶を訪ね――
占いで生計を立てていた元魔法使いを訪ね――
山小屋で炭焼き職人と化していた元戦士を尋ね――
その誰もがだらけきってLv1になっていたことに落胆し、それでもなんとか仲間をかき集め――
一行は町外れの洞窟にたどりついた。
勇者:「というわけで、ここに練兵所を建てようと思う」
魔法使い:「いやいやいやいや、ヤバくね? 意味なくね?」
戦士:「確かに。 いまさら練兵所を建設したところで誰も訓練などできないな」
僧侶:「それに、こんな町外れの練兵所になんて、どなたもいらっしゃらないのでは」
そうだ。 すっかり忘れていたが、民は皆だらっくすモードなのだ。
好きな事は娯楽に興じる事、嫌いな事は鍛錬、努力、積み重ね。
いくら練兵所を作ったところで、人々を鍛えられなければそれは全く意味を成さないのであった。
勇者:「じゃあどうすればいいんだよ
戦士:「きれーなおねーちゃんがビキニアーマーで稽古つけてくれりゃあいいんじゃないかな」
僧侶:「それでは男性しか集まらないのでは?」
勇者:「いや、方向性はあってると思う」
魔法使い:「じゃあさーもーめんどくさいからさー、ダンジョンテーマパークとかにしちゃえばよくね?」
勇者:「それだ!!」
歴戦の元勇者によるダンジョンテーマパーク、開園!
ここから地獄の一丁目、ダンジョン経営始めました!
大々的な広告と、元勇者様ご一行による刺激的なアトラクション
元女魔法使いのやや強引な勧誘と……
元戦士によるかなり強引な勧誘により……
ダンジョンテーマパークには、娯楽大好きなだらだら民衆が押し寄せた。
勇者:「ククククク…ここから地獄の一丁目だぜェ…お前ら全員、生きて帰れると思うなァァァッッッッ!!!!!!」
襲い掛かるこうもり、
ただなんとなくいるゴースト、
俊敏なドウクツリス、
冬眠中のクマ、
子育て中のハゲタカ、同じく子育て中のトラ、おまけのバッタ!
なんとも頼りないダンジョンモンスター達だが、やっぱり堕落していた人々はバッタにすら勝てない。
弱い。弱すぎる。弱弱しいにも程がある。しかしこれはほんの一例なのであった。
この洞窟には、魔王よりも恐ろしい、宝を守るレアモンスターがひっそりと生息していたのだから――――……。
アトラクションに興じている民衆を尻目に、自身のダイエットの為ダンジョン最深部へと突き進む勇者一行の目の前に突如現れる「いかにも」な岩扉。
腐っても鯛、元とはいえ魔王討伐に成功した彼らは感覚を取り戻し、
そして長年のカンで「この先はマズい」と言うことを察知した。
勇者:「これ明らかになんかいるよね」
僧侶:「そうですね…禍々しい、全てを飲み込むようなオーラを感じます」
戦士:「今の俺たちでいけるか…?」
魔法使い:「やームリっしょこれ。 絶対ヤバいって」
勇者:「しかし、やがてだらっくすな民もいずれはここへたどり着くはず」
勇者:「その時もし万が一のことがあったら…」
僧侶:「あったら…?」
勇者:「経営責任を問われる」
戦士:「クレームの嵐だな」
魔法使い:「やだよアタシ、そんなめんどくさいの!!」
僧侶:「傾国の危機ですね」
勇者:「一応経営者たるもの、顧客対応は万全にしなくてはいけない」
勇者:「安全対策的な意味で!」
戦士:「だからといって、ただ闇雲に突入するわけにもいかんだろう」
魔法使い:「そーだよ、ウチらの安全対策が全然万全じゃないじゃん!」
僧侶:「どうしますか?勇者さん」
勇者:「うーん……」
勇者:「あ」
戦士:「おお、なにかひらめいたか!」
魔法使い:「どーせまたしょーもないこと考え付いたんでしょ?アトラクション決めるときだってそうだったじゃん」
魔法使い:「無駄に墓標立てて恐怖心あおろうとか言い出したりしてさ」
僧侶:「あれは死者への冒涜です!」
勇者:「お化け屋敷はテーマパークの基本だと思ったんだよ!」
戦士:「して、何か策は?」
勇者:「いや、けっこーな数の来場者数じゃん?」
僧侶:「そうですね…先週までの累計来場者数は52万人でした」
勇者:「そんだけの数あればさ、いけるかなーって」
魔法使い:「いけるかなーって、まさかアンタ…」
勇者:「うん。 数の暴力」
魔法使い:「マジでーーーーーーーーー?!」
戦士:「しかしそれでは、けが人が出る可能性もあるのではないか?!」
僧侶:「そうですよ、経営責任ですよ!」
勇者:「だからさ、入り口でこう、何があっても訴えません、みたいな誓約書書かせて」
魔法使い:「きったな! 何ソレ、汚い手口」
戦士:「いや、刺激的なアトラクションには付き物じゃないか? バンジージャンプとか、ジェットコースターとか」
僧侶:「なるほど…新感覚・体験型アトラクションとして、この扉の奥の魔物を利用するんですね」
勇者:「そうそう。 経営手腕ってやつ。 障害があるならそれを利用しなきゃね」
勇者:「チャンス的な意味で!」
戦士:「手前のダンジョンでいくつか、強めの野生生物を配置してある程度ふるいにかければ、あるいはいけるかももしれんな」
魔法使い:「えへへ、もしかしたらお宝もあったりして…♪」
すっかり経営者が板についてきた勇者は、人々の「くさいモノと知っていても嗅ぎたくなる」心理を巧みに利用し――…
ついでにテーマパークの運営問題も片付ける見事な経営手腕を発揮することにしたのだ。
そこそこ強めの一般ピープルが、岩扉の前に揃った。
その数およそ4000、ちょっとした軍隊規模である。
勇者:「さあここが最後のアトラクションです。 我々も同行する、本邦初公開のこのアトラクションは何が起きてもおかしくありません!」
戦士:「地上の楽園とは打って変わって、刺激的な戦闘が予想されるぞ」
魔法使い:「さぁ、ここにサインして。 だぁーいじょうぶよ、一応念のためだから」
僧侶:「回復と補助はおまかせください」
勇者:「では、ここから地獄の1丁目! ダンジョンテーマパークラスト、禁断の扉―――……」
勇者:「オーーーープンっっっっ!!!」
重い扉を勇者と戦士が開き、ダンジョンで鍛え上げられたそこそこ強めの一般ピープルが武器を手に取り、魔法使いの詠唱が始まる。
――――地獄のカーニバルの幕開けだ。
勇者:「え…?」
しかしそこにいたのは一匹の年老いたドラゴンだった。
もうね、今までの野生生物なんてかわいすぎて鼻血吹いちゃう。 マジモンのモンスターに一同大パニック――
かと思いきやそうでもなく、血気盛んな一般ピープルは無抵抗の老ドラゴンにちくちくちくちく攻撃!
「うおおおおおおおおおおおホンモノのドラゴンじゃああああああああああああ!!!」
「ヒャッハーー!! 敵だ敵だ敵だぁーーーー!!」
「殺せ殺せェ! 奪えいたぶれブチかませぇえええええええ!!!」
「え、いや、あの私ただの番人ドラゴンでして、戦闘の意志とかそういう、あ、ちょ、痛い痛い、うろこはがさないで、痛いって、痛いってやめて!!」
老ドラゴンの抵抗も空しく、数の暴力作戦は大成功をおさめてしまった。
しかしそれでも、民衆の滾る戦闘意欲はとどまる事を知らず、彼らはより強い獲物を求めて――…
さらにダンジョンの奥深くへともぐっていってしまった……。
勇者:「…こ、これでいいのかな?」
戦士:「まぁ…問題ないんじゃないか」
魔法使い:「ひゃっほぅ♪ お宝お宝ぁ!」
僧侶:「神よ……」
若干の誤算はあったものの、一定の効果を得られたと感じた勇者一行は、王城へ報告に上った。
王様:「おお勇者よ。 よくぞ戻った。 そなたの噂話は聞き及んでおるぞ」
王様:「…あれ、なんかやつれた?」
勇者:「はぁ、まぁ。 精神的疲労っすね」
王様:「しかし、ダンジョンテーマパークとはなかなかに趣のあることを考え付いたものよの」
王様:「して、どうじゃ。 民衆の様子は。 主に戦闘能力的な意味で」
勇者:「戦闘能力的な意味では大成功かと」
王様:「そうかそうか。 これで国も安泰であるな」
王様:「いやはや、感謝してもし足りぬとはまさにこのことだ。 貴公には二度も国を救ってもらったの」
勇者:「身に余る光栄」
王様:「して…勇者よ、ワシの気のせいかもしれんが、最近民の数が4000人くらい減ったような」
勇者:「…………実はかくかくしかじかで」
王様:「えーなにそれ、おかしくね?!」
勇者:「大誤算です」
王様:「まぁ、そんだけ強いならいっか、別に。 そのうち戻ってくるっしょ」
勇者:「そっすね。 戻ってくるときはハイパー強いんじゃないかな」
王様:「ならいいや。 今後も民の為、国の為、その経営手腕を余すところなく発揮し、ワシの身の安全をがっつり確保していってもらいたい」
勇者:「かしこまりました」
王様:「ついでに所得税もきっちり納めていってもらいたい」
勇者:「えーケチー」
王様:「儲かってんだからいいじゃん!! 宝も見つけたんでしょ!? ちょっとちょうだいよ!」
かくして、国家に再び平和で刺激的な日々が訪れた。
人々はたまにダンジョンにもぐり、たまに新たな宝を持ち帰り、国家はそこそこ潤った。
魔物の闊歩する危険な日々だけでもいけない、平和ボケしすぎてだらっくすな日々だけでもいけない、何事もほどほどがよい。
そう悟った勇者一行は死ぬまで経営手腕を発揮し、後に国を救った勇者兼大富豪として世に名をはせた。
ダンジョンの奥で嬲り殺されたドラゴンの亡霊が夜中、アトラクションの片隅ですすり泣くという都市伝説も生まれ……
それがいずれ本当の魔物となって人々に襲い掛かったりもするが
しかも勇者兼大富豪の末裔が苦心の末倒して再び英雄となったりもするが
それは、また、別の、お話。
以上、書き下ろしでした。くまくま。