“梨はもうありませんか?”

こんにちわー。

こんにちわ。

あらイケメン…っと。 あの、梨が欲しいのですが、まだ販売しておりますか?

お客様、今は何月何日だと思っているんですか!?

そうですよね、もう10月も中旬ですもんね…。

もちろん、この店では今が旬の梨を取り揃えております。

って、あるんかい!

…っと、すいません。 もうすっかり終わっているものかと思っておりましたわ。オホホ。

なんと正気ですか、お嬢様! 梨は11月まで収穫できるのですよ。ご存じない!?

11月!? 存じあげねーよ! そっちが正気かよ!!

なんと、この世にそんな方がいらっしゃったとは…長いこと梨に携わっておりますが、私初めてお会いしました。

どんな客相手に仕事してきたんだよ…

まあよかったわ。私の友達がどうしても梨が食べたいと言っていましたが、もうてっきり売っていないものかとばかり。

その方はわかってらっしゃる。市井が林檎だ柿だと浮かれている中、俗物どもの戯言に惑わされず「梨」をご指名なされた。

敢えて言おう。 『ネ申』であると!

(なんだこいつめんどくせーな)

わかりましたッ! その方の梨愛に応えるため、何の知識も持たぬ、梨偏差値30のあなた様にでもわかるようにご案内しましょう。

(もー、ナシアイってなんだよー。ナシヘンサチってどこ文社の模試で出すんだよー)

はっはっはっ、「ナシアイ」ではありません「リアイ」ですよ。あと同じく「リヘンサチ」です。

心読むんじゃねーよ!

さて、梨というと幸水(こうすい)、豊水(ほうすい)、一番最後に新高(にいたか)というイメージの方が多いと思います。

な、なによ。一般イメージわかってるじゃない。そう、私もてっきり10月初旬の新高で梨の季節は終了したものかと思ってたわ。

新高以降にも「新興(しんこう)」、「愛宕(あたご)」、「にっこり」、「王秋」(おうしゅう)などの晩生梨(おくてなし)が続きます。

へえ、全然知らなかった。スーパーでも八百屋さんでも見たことないもの。新高までよ。

先ほど申し上げたとおり、柿や林檎など他のフルーツの収穫が本格化しますからね。

それにナシは水分が多く、身体を冷やします。五訂日本食品標準成分表によると日本梨の可食部100gあたりに含まれる水分は88gです。

真夏や残暑厳しい時期には多くの人が好んで食べますが、10月に入って肌寒い時期になると正直あまり好まれません。

そしてダメ押ししますと、晩生梨は基本的に大きい。1つ500g以上は当たり前、中には1kg前後の果実がコンスタントに出来るものもあります。

少子高齢化・核家族化が進む昨今です。大きい果実は一度で食べきれずダメにしてしまう。

そして1個あたりが多いので単価も高くなってしまう。食べきれないのに高い、では購入を避けるお客様も増えて当然です。

すると必然的に小売側も仕入れません。こうして多くの消費者の方の目につかない商品になっているのが、晩生梨の現状です。

何よ、さんざん私のことおちょくったくせに、クールに現実を見てるじゃない…。なるほど、晩生梨が知られていない理由よくわかりました。

もう一発ダメを押すと、生産者側からもあまり人気がありません。

まあ売れないんじゃ仕方ないわよね。

需給のこともありますが、晩生梨は栽培しにくいのです。梨偏差値25のあなた様でも8~9月はある自然災害が多いことはご存知でしょう?

さっきより5下がった!

って、さすがにそれくらいはわかるわ(梨関係ないし)。「台風」でしょ?

ご名答。気象庁webサイトによりますと、平年の台風の発生数は年間で27.8個ですが、そのうち8月が5.5個、9月が5.1個となっています。

早く収穫できる梨に比べ、遅くまで成っている梨は当然台風の被害を受ける回数も多くなります。

つまり風で落とされちゃって収穫できる数も減っちゃうってことね。それは農家さんもたまったもんじゃないわね。

また、果実が強風で揺すられ、自らが成っている枝で擦れて果皮に傷がついてしまい、樹上に成っていても商品価値がなくなる場合もあります。

果物は見た目が大事だものね。実際私も人に頼まれた以上、見栄えの良い物を買って帰りたいし。味が一番ではあるけど、体裁もあるものね。

これが晩生梨にまつわる悲しき物語なのです…

(物語かどうかはさておき) なるほどねー。「食べにくい」、「単価が高い」、「つくりにくい」じゃねえ。

でもそもそもの話になるけど、何故そんな困ったさんの晩生梨なんて栽培し始めたのかしら。

あなたは梨偏差値20ですか? それではFラン梨大学で遊び呆けたあげく、ブラック梨企業で休日ない自慢することは避けられませんよ。

もうツッコミどころの渋滞じゃない! 話の腰を無理矢理折らなくていいわよ。進めて、進めてぇ!!

そもそも梨は収穫が遅かったのですよ。天明2年(1782年)に越後国蒲原郡萱場村の栽培家が「梨栄造育秘鑑」という書物を残しています。

同書によると、当時あった品種は、早生種19、中生種19、晩生種56だったそうです。

当時は周年して果物があったわけではありません。長期保存でき年中食べられる品種のほうが都合がよかった。

一般的に晩生梨はどれも日持ちが良いのです。だから農家も晩生梨を生産したし、育種にも力を入れていたと考えられます。

確かに早生品種は甘くて果汁も多いけど、日持ち悪いわ。当時の梨は今みたいな嗜好品ではなく、より食料としての意味合いが強かったのね。

現在でも東北などの降雪地では晩生梨を正月に食べる慣習があるそうです。

それに日持ちだけではなく、品種が豊富で味も個性的です。真夏と異なり、種類を選べるのも晩生梨の良さであり面白さでしょうね。

甘い、ジューシーだけが梨の形容ではありませんからね。硬さ、香り、舌触り…五感をフルに生かして違いを楽しむと良いでしょう。

事実今でも零細ながら各地、各農家で栽培されているのは根強いファンがいるからで、直売農家では固定客を抱えている方がたくさんいます。

そうね。真夏は幸水、残暑は豊水一辺倒だものね。相対的な量も多いし、品種を選ぶって感覚、確かに梨ではなかったかもしれないわね。

でもさ。

はい。

それはわかったから、そろそろ梨売ってくんない?

それはできません。

なんでさ。

私ただの買い物客ですし。

つづく(はず)

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Posted at 2012/10/18 21:35 Viewed 68 times

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ここはある町のある商店街。近所に住む女子高生・実梨(みのり)は、病気の女友達のお見舞いに行く途中、彼女に買い物を頼まれ、一軒の果物屋にやってきました。

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