“夜空の下で”

藍色に広がる空。 星が一番 綺麗に見える澄んだ空。

空は無限大に続く高い天井。 輝く星は、小さなスポットライト。

そして、月は―――――

*夜空の下で・・・*

夜の学校に忍び込むのは、 思ったより簡単だった。

すぐにバレると思ったんだけど……。 仕掛けが単純すぎて、 逆に気づかれなかったのかな。

ま、いいや。

今こうして、 念願だった夜の屋上に立てたんだから。

ひとり納得してから、 私は腕を大きく振り上げた。

冷たい空気。 微かに匂う冬っぽい香りがたまらない。

そう深く息を吸い込み胸を反らせたところで、いきなり肩が跳ね上がった。

さむっ……!

慌てて体を丸める。

ニット帽、マフラーに、 セーターの上からダウンコートを着込んで重装備してきたのに。 冬の夜の冷え込みは半端ない。

ただでさえ寒いのに、風まで冷たい。 マフラーを口元に引き上げる。

でも、ここまで来たからには 後戻りはできない。

私は、見上げた先にある月を睨みつけた。

今日はなんの偶然か、 文句のつけようもないくらいはっきりした満月。

ちょっと小さい気もするけど、 月はこれくらいが一番綺麗だと思う。

少なくとも、私は好きかな。

寒さから自然と組んでいた手を解くと、 足を肩幅くらい開き、 体をコンクリートの上に固定した。

スーッと、もう一度 息を吸う。 それから、今度はゆっくりと空気に返した。

さあ、ここまで来れたんだ。 だから、大丈夫。怖くない。 全部、伝えるよ。

あの日 言えなかったこと、 しばらく悩んだけど、やっぱ伝えなきゃ って思ったんだ。

温かい記憶も、消したい記憶も、 全部 私ひとりではつくれなかったもの だって気づいたから。

“コトバ”にして伝えるのは ちょっと 恥ずかしいから、 卑怯かもだけど 歌わせて―――――

何がきっかけだったとか、 いつからとか……憶えてないけど、 私のなかで あんたは“気の合う男友達” だった。

そりゃあ多少は男って意識してたけど、恋愛対象っていうか…… まあ、そんなふうには見てなかった。

普通に会話して、普通に遊んで、 普通に“楽しいな”って。

憶えてる? みんなで遊びに行った時、 私、あんたに言ったよね。

“結衣が、あんたのこと好きなんだって” って……。

あれね、あんたと私が よく一緒にいるの 気にしてた結衣がさ、 訊いてきたからなの。

“付き合ってるの?”って。

そう訊かれても付き合ってないわけだし、あんたのこと好きでもなかったから、 はっきり否定したんだ。

なんか思い詰めてる感じだったから、 “なんなら私が直接 伝えようか?” って言っちゃったんだよね。 それでなんだけど。

今にして思えば、あの時 なんか必死だったみたい……私。

なんでか解らないけど、 あんたと付き合ってるとか仲良いとか、 そういうの消したかった。

そういうふうに思われたくなかった。 だから、わざわざ あんな役買って出て、 あんたを突き放した。

それからちょっともしないうちに、 あんたは結衣と付き合ってた。

私が結衣の気持ち伝えた時は、 すっごく複雑そうな顔してたくせにさ。 気づけば放課後は二人一緒で 見かけるようになって、

仲良く手なんか繋いじゃって……。

気づけば、私はひとり取り残されていた。

それがなんとなく虚しくて……。 自分が望んだことなんだけどさ。

そんな様子を見ていたからか、 私にも彼氏ができた。

ガッチガチのバスケ野郎だったから、 なかなか一緒にはいられなかったけど、 それでも それなりに幸せだったよ?

でもさ、あんたは気づいてた?

彼と歩いてる時も、あんたを見つけた途端、私はあんたしか見てなかった。

それで気づいた。 やっと気づけた。

私は、彼が好きなんじゃない。

あんたが私の隣からいなくなったから、 あんたの代わりが欲しくて、

あんたと同じになりたくて 彼と付き合ったんだって。

やっと自分と向き合えた気がした。 やっと受け入れられた。

そしたら、なんか すっごく楽になったんだ。

でも、同時に怖くもなった。

だって、今の私の気持ちは、 当たり前だけど あんたと結衣に受け入れてもらえるものじゃないし、 どうしようもないじゃん。

なにより、自分でくっつけといて やっぱ好きでした とかさ…… カッコ悪いし。

ぶつけることも、消すこともできない爆弾を抱えている気分だった。

やっぱ辛くて……彼とは別れた。 こんな気持ちのまま付き合えないじゃん?

別に、責任取れとか言ってないよ? 私が決めたことだし。 そもそも、あんたにとっては迷惑じゃん。

でも、神さまは見逃さなかった。

放課後―――――

下校の放送が流れるなかで、 独りでいるあんた見てびっくりした。

私が話かけるまで、 ずっと空 見てたよね。

何してんの?って訊いて、あんた なんて答えたか憶えてる?

“雪 降らねーかな、と思って”って。

どんだけロマンチスト? ってあの時は思ったけど、

今になって、そう言ってずっと 空見てた あんたの気持ち…… 解るような気がする。

あれが、あんたとの最期だった。

知ってるよ。 気づいてないフリしてただけ。

“いいかげん こっち来いよ” って言いたいんでしょ?

知ってるって。 私、もう死んでるんだよね。

誰に話しかけても みんな 無視するからさ、薄々は気づいてた。

簡単に ここに来れたのも、 私が死んでるから……。

大丈夫。もう、ちゃんと受け入れた。 心配しないで。

忘れてたのは、私のほうだった。

ホントは私たち、屋上で会ってから 一緒に帰ったんだ。 あんたの自転車の後ろに乗せてもらって。

前は よくやってたことなんだけど、 なんか変に気まずかったなあ。

ちょうど川沿いを走ってるところだった。 ひっどいデコボコ道だったよね。

振動でポケットから あんたの ケータイが落ちてさ、土手を転がってったの。

その時、なんでか私は ケータイを取りに行かなきゃって思って―――――

一瞬のことだった。

自転車ごと土手に落ちたんだって解ったけど、それより体のあちこちが痛くて起き上がれなくてさ。

あの時、私がいくら呼んでも返事しなかったのは、そういうことだったんだね。

目の前に倒れてるあんたに なんとか手を伸ばそうとした。

だけど、腕上がらないし痛いし…… あんたまで届かなかった。

代わりに掴んだのは、皮肉にも 私たちを土手に落としたあんたのケータイだった。

何もかもが霞んでくなかで、 睨みつけてやった。そしたらさ……

ケータイに付いてるストラップ…… あれ、結衣のケータイにも付いてるヤツだった。

そう思ったらさ、なんか、すっごい 自分がみじめになってきてさ……。

ゴメンって、謝っても許されないだろうけど、 何回も何回もふたりに謝った。

ゴメン…… ゴメンっ……

そのうち ボーッとしてきて―――――

なんで あんたなんだろ? なんで あんたじゃなきゃダメだったんだろ?

なんで、あんたを奪うようなこと したんだろ……。

ずっと謝ってた。 ずっと……あの土手で。

結衣に直接 会って謝るなんてできなかった。 怖かった……。

結衣は、私のこと恨んでる。

卑怯だけどさ、 結衣の顔見るの、怖かったんだ。

結衣を通してバカな自分を見るのが 怖かった。

土手で謝る日々が続いて、 ちょうど一年が経った今日、

私の前に 結衣が現れた。

思わず逃げようとしたけど…… 無理だった。

結衣は辛そうな……今にも泣き出しそうな顔をしたまま、 花束を私の足元に置いた。

私も結衣も黙ったまま、 合わない目線で それぞれに何かを見てた。

最初に口を開いたのは、結衣だった。

なんて言ったと思う?

“もっと一緒にいたかったね”って

“ふたりとも、大好きだよ” って―――――

泣いてくれたの…… ひどいことした私の前で。

泣いて…… 泣きながら、ふたつマフラーを花束の上に置いてくれた。

紫と、もう一方は白。

紫は あんたの好きな色。 白は、去年 私が誕生日に欲しいって結衣にねだってた マフラーの色だった。

なんで優しくしてくれるの。 辛いはずなのに、なんで怒らないの?

責めればいいじゃない! 私のせいだって、責めてよ……。

私の声は、 結衣に届いてないみたいだった。

―――そう。 結衣の言葉に甘えることにしたんだ。

ちゃんと謝れなかったけど、 後悔ばっかりするのは やめにした。

今まで逃げてたけど、ちゃんと受け入れるよ。 ……受け入れたい。

ありがとうございました。

フェンスを背にして立つ あんたに笑いかける。

あんたも着けたんだ、 結衣のマフラー。

私が笑うと、今まで静かだったくせに そっと笑顔を浮かべる。

ありがとう…… ごめん……

どっちも、心から言ったのは 初めてだった。

差し出された手を取った瞬間、 月の光が私たちを包み込んだ。

大好きだよ…… 私も伝えたかった。

今更だけどさ、あんたも結衣も、 大好き……。

B
e
f
p
q
r
s
K
O
Keyboard Shortcuts
  • J Next page
  • K Previous page
  • [ First page
  • ] Last page
  • E Enable/disable bubble animation
  • 0 Manual page turning
  • 1 Slow page turning
  • 2 Normal page turning
  • 3 Fast page turning
  • P Start/stop auto page turning
  • ? Show keyboard shortcuts
Play Again
More Stories
Posted at 2013/01/16 13:20 Viewed 17 times

From Author

お初です。試作で作ってみました。どうだろう……

Comments

Login to Write your comment