“さよなら、魔法少女。”

お姉ちゃん!始まっちゃうよ! 大好きな「魔法少女★イヌミミ系」が始まる時間だよっ!

いく!いく!もうすぐいくよぉー! きゃああ!牛乳ちょうだい!!

わたしの姉は朝が弱い。 太陽が顔を出す時間が苦手なくせに、 毎朝放送されるアニメがお気に入りだ。

登校前に朝のアニメに興じる姉はよく言えば天真爛漫だ。褒めているというわけではなく。

わたしたちの弟の悠にも示しが付かないから、姉にはしっかりして欲しいと思ってるんです。

おはよう!茉莉りん! きょうも元気だ、朝一番の牛乳が美味かったねえ!

褒めても何も出ないよ、お姉ちゃんさ…。牛乳好きなのに身長と胸囲は…

葉月は物など金など身長など胸など要りませんよぉ!茉莉りんと悠たんと一緒に居れればいいだけだし!

はいはい。 ほら…もうアニメの時間だから静かにしてください。

わん!!今日も応援がんばるぞ!

わたしの姉は仔犬のような鳴き声をあげると、テレビにがっぷりとかぶりついていた。

アニメが始めるとやかましかった姉は 一層やかましくなってきた。

きゃー!いけー! 据え膳食わぬは魔法少女の恥だよ!

そこだ!そこだよ! 老いた魔女の刃なんかなぎ払っちゃえ!!抜けば玉散る剣の錆にしちゃえ!

テレビの中のキャラクター以上にはしゃいでいる姉の妹であって良かったのだろうかと時々思う。

いつまでも一緒に暮らしてゆける事が出来るのなら、そうであって欲しい。

このまま時間を止められるのなら、姉の為に止めてあげたい。 この幸せそうな顔が続くように。

わたしたちの弟の悠だって、同じ時間を共有することの終わりがやって来るの薄っすら感じているはずだ。

だから、わたしはこの姉との時間を

大切にしようと思い、一緒に朝の時間を過ごす事にしている。

いやあ!きょうも朝から戦っちゃったね!素晴らしい!きょうのおぱんつは青のストライプ!眼福眼福!

そうですか。よかったですね

悠たんも見ればいいのにね!女の子の大事な事が学べる良作なのにね!今度、誘ってみるかな?

お姉ちゃんの言うことなんか聞くわけないですよ。悠は。

だよねー。 茉莉りんは悠たんの事、良く分かっとーる!

じゃあ、ま!アニ充したし、それじゃ! 学校、行ってきます!

悠!学校行くよ!!相変わらず朝から低血圧だね!

姉と弟は清く正しく美しく廻り続ける町へと飛び出していった。 そんな二人を見送るわたしは…

ろくに学校へも行かず、わたしの部屋から町を眺めながら姉のいない時間を潰す…引きこもりなんです。

今夜までの時間が長い。

…。

ある夜、姉はわたしを和室に呼んだ。弟を挟まずに二人っきりで話したいらしい。

茉莉りん。聞いてくれるかな。

何時になく神妙な姉に驚きながらも、私は「はい」と返事した。

ホントに?真面目に?

姉は他人行儀な姉をわたしは初めて見た。夜の音がしんと際立つ。

葉月は…月に帰らなきゃいけなくなったの

え?どういうことですか?

だから、月に帰らなきゃいけなくなったの

まるでアニメの世界でしか起こり得ない事を冷静に話す姉は少し寂しそうだった。

しかし、にわかに信じられるのかと言えばそうでもない。言葉だけならば、何とでもうそでも言えるからだ。

悠ちゃんにはもう伝えてあるんだよ。「お姉ちゃん、月に帰るから」って。あの子賢いから素直に「うん」って言ってた

わたしは…まだ、信じらんないです

百聞は一見にしかず!って言うから…。それじゃあ…

え?

葉月の姿。かっこいいでしょ? 魔法少女って、かっこいいでしょ?

姉はいきなり魔法少女に変身した。 薄っぺらい蛍光灯の明かりではもったいないぐらいの華やかな身なりだった。

これで信じることが出来るでしょ? わたしがこの世界の者じゃないってこと。それは月の世界の魔法少女だってことを。

ホント、急なんだよねー。月の魔王さまったら気まぐれなんだから。 でも、命令だからねぇ…下っ端は辛いね!

地球での暮らしもいろいろと楽しかったし、気が向いたらまた来ますっ!!

魔法少女への修行とは言え、茉莉りんや悠たんと暮らせたことは素敵なことだったし、葉月のかけがえのない大切な財産になりました!

最後のお願い。牛乳持ってきてくれないかなぁ。とびっきり美味しいの! いろいろ喋ってのど渇いちゃったし!

わかった。ちょっと待ってて

わたしは台所へと和室から出る。

そして、部屋に戻ってきたときにはもう姉の姿を見ることはなかった。

更に弟の様子から見ると、弟は姉の話を全く聞かされていないかもしれない。 姉はわたしを信じさせる為のうそっぱちをついたのだろう。

だから、月に帰ってしまうこともうそっぱちであって欲しかったけれど、それは叶わぬ夢物語だった。

そして、翌朝。

お姉ちゃん!お姉ちゃん!始まっちゃうよ!

もうすぐ「魔法少女…

そっか。姉はもう居ないんだ。 なのに、わたしは朝になるといつものようにテレビの前に居た。

いつもがいつもじゃなくなる時が一番苦しいし、辛いんだと身をもって感じる。

茉莉姉ちゃん、おはー。学校行くから…

うん。いってらっしゃい。 相変わらず低血圧だね。

姉ちゃんも学校に行けばいいのにね

わたしは自主的に学校を拒否するという行動を取ってるんです。悠のように与えられるだけの能動的行為はいたしませんからね!

難しい漢字使ってるけど、弟だけには強いよね。身内なんだから目ぐらい合わせようよ

わたしはお姉ちゃんみたいに…

ところで葉月姉ちゃんは?起きてるの?寝てるの?学校遅れるよ。

姉がいない家だなんて想像もつかなかった。

あ。あの…葉月姉はね!ちょっと一人旅に出るって朝早く!しばらく帰れないかもって。前もって言ってくれればいいのにねっ!いつも突然だよ!あの姉は。

ふーん。葉月姉から言われたら信じられないけど、又聞きとは言え、茉莉姉ちゃんが言うんだから葉月姉は本気なんだろうな

姉が悠に月に帰る事を伝えているとわたしにウソをついた理由が分かったような気がした。姉は自分の言う事に弟が信じない事を踏まえてのウソだったのだ。

じゃあ、行ってきます

悠が家を出るとわたしはテレビをつける。姉が大好きだったアニメのエンディングがスピーカーから流れていた。

いつもがいつもじゃなくなる時が一番苦しいし、辛い。いつもならば姉の突き抜けるような「行ってきます」の声が聞けるはずなのに。

いつもじゃなくなる事があまりにも辛いから、わたしはいつものように部屋に引きこもった。

今夜まで長い。姉を思い出すから、曇ればいいのにと願うけど、太陽はさんさんと天に輝いていた。

今夜、曇ってしまえ。姉の帰ってこない家は居づらいし。

おしまい。

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Posted at 2012/09/28 22:08 Viewed 29 times

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初めまして。初投稿します。姉と妹のおはなしです。

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