夢を見た
それは衝撃的で鮮麗なもので 僕の感性はそれに追いつけない。 でも追いつけるものなら どれだけ僕は感動するのだろうか。 追いつくためには僕の持ち合わせている常識はいらない。 理性も邪魔になる。 そんなことを考えていると 朝が来たようだ。
はあぁぁ…… おはよう。
……おはよう。 ったく、朝からだらしない。 朝食できてるから早く食べてよね。
……なんだこれは。美味い! 親父とお袋が旅行に行ってから みるみる料理の腕が上がってないか?
僕の目の前にいるのは 妹の加賀美文香である。 僕らの両親は宝くじが当たったらしく、絶賛旅行中だ。つまり、加賀美邸には僕と文香しかいないわけだが、どうにも僕は妹に頭が上がらない。
おだてても何もでないからね。
いやいや、文香にお世辞なんて 言っても僕は得しないし。 素直な感想だって。
あ……うん、ありがと。 ちょっと嬉しいかも……。
その調子で精進しろよ。 妹が良い嫁になるまで兄として心配だからな。
お兄のその上から目線が 癪に障る。
兄としての責務だからな。
ならもっと早く起きれるようになって朝食作れる?私はしてるけど!
が、頑張ります……。
ふぁぁぁ。 徒歩で学校って毎日続くと辛いな。
文句ばっかり。
この変わらない景色。 いつもの時間。別に嫌いなわけではない。不満もない。 ただ……何かが欠けていた。 いつかは変わるのだろうか……。 多分、僕が変わらないことには世界は変わらない。
やっほー!! 昨日ぶりだね。アラタにフミちゃん。今日も良い天気だねー。
天気もだけど 君の頭が春だね。
つれないこと言うなよー。 ねぇ、フミちゃん アラタが冷たいんだけど 妹として何か言ってあげてよ。
お兄ぃ~ 浩二の頭が年中春なのは みんな知ってるから 今更言わなくても大丈夫。
フミちゃんまで~。 俺から元気取ったら 何が残るんだよ。
きっと軽薄なナンパ野郎 っていう肩書き?
やったー! ……今の褒め言葉?
ちょっと心配になってきた。 一回、病院で検査を受けたほうが良いんじゃないかな。
浩二は僕の数少ない友人の一人だ。 人付き合いの苦手な僕を強引にどこかへ連れて行く。合コンに行かされたときはキツかった。 破天荒なヤツだけど その行動はいつも他人のこと 優先で、どこか憎めない。 そんな友人だ。
あ、そこの君! 隣の女子高の生徒だよね? ちょっと話さない?
浩二は好みの女子を見つけたらしく、軽やかな足取りで去って行った。 相変わらずのナンパ癖。
……あの行動力は見習うべきなのか。人見知りにはハードル高そうだけどなあ。
お兄には無理だよ。 私から見たらどっちも ダメ人間。
(妹に言われると 相当ダメージあるんだけど)
僕は人付き合いが苦手だ。 それは内気な性格が問題なのだろう。早く直したい。 授業が終わり、チャイムが鳴る。
アラタ~ 昼飯食べようぜ。
いいけど……早弁してなかった? 弁当とかあるの?
なっ!?
そういえばそうだった。 購買に行ってくる。
浮気すんなよ。
早く買いに行きなよ。
颯爽と購買から戻ってきた浩二は教室の入り口で女生徒にぶつかりそうになっていた。 その女生徒は浩二の幼馴染の 委員長、涼子であった。
コウ! 危ないじゃない。
涼ちゃん!? ごめんごめん。 身長差があって見えなかった。
……本当にお仕置きがいるみたいね。それに小学校のときまで私よりチビだったアンタに身長のこと言われたら無性に腹立たしい。
でもまあ怪我しなくて良かった。 そうだ!涼ちゃんも俺らと飯食う?
調子良すぎない? 今日は他の子との先約があるから パス。 次から廊下は走らないように。
つれないこと言うなよなー。 毎日、眉間にしわ寄せてるといけないんだぜ。
やっぱり殴りたい。 誰のせいで怒ってると思ってるの!
うわっ! 冗談だって。痛いのだけは勘弁。
涼子と浩二の言い争い(浩二は勝てない)はすぐに終わった。こんなことは日常茶飯事なので誰も気にしていない。
……んじゃまあ 明日の昼飯、一緒に食おうぜ。 先約な。
はぁ……。 考えておかないこともないわ。
…………
おまたせー。 昼飯いっぱい買ってきたぜ。
すごい量だね。 一人で食べられる?
半分はアラタのだ。 いや、大丈夫! 俺の奢りだから。
(文香の作った弁当と浩二のパン……。こんなに食べれるかな)
少し眠い。 いつもの睡魔が襲ってくる。 授業を進めている教師が何を言っているのか……、それすら分からなくなっていく。 このままだと確実に深い眠りに落ちてしまうだろう。 僕は睡魔に勝てず、眠りに就いてしまう。そこでまた悪夢を見た。
……。 (もう放課後か)
ポケットの中の携帯電話が点滅していた。 「先に帰ってるから。From文香」 もう夕方になっていた。 学校には部活をしている生徒しか残っていない。 帰り支度をしよう。
あれ? まだ帰ってなかったの?
今から帰ろうかなあ、っとね。 委員長こそ こんな時間まで残ってたんだ。
先生に仕事を頼まれて……
クラスメートの書類整理を任されたらしく涼子の机の上には大量のプリントが置かれていた。
て、手伝おうか? (めちゃくちゃ緊張する。声、裏返ってなかったよな……)
え、手伝ってくれるの?
このまま帰るのも悪いし 二人でやったほうが早いかなーって。
ありがと、加賀美君。 そこのプリントを生徒の名前順にして並べてくれる?
わかった。 (思ったより話やすい人だなあ。ちょっと勇気出してみて正解だった)
ずいぶん遅くなったね。
ほんっとうにありがとう。 私、アラタ君のこと誤解してたわ。
え? 誤解?
コウの親友って聞いてたから まともな人だとは思わなかったの。
(ひどい言われようだぞ浩二 あと僕も巻き込まれたし)
まあコウも悪いやつではないから、きっとあなたもそうなのね。
本音を言えば、僕も委員長のことをもっと厳しくて恐い人だと思ってたけど違ったみたい。
さらっとぶっちゃけたわね。 そんなに恐く見えちゃってたの?
確か……そうだ! 初めて僕が委員長を見たのが浩二に飛び膝蹴りをした瞬間だった。 あれは華麗に決まってたよ。
……最悪の第一印象じゃない。
ふ、普段はそんなことしないのよ! あのときはコウがいけなかった……と思う。
これでお互いに誤解が解けたわね。これから余計な先入観はなくなったわけだし改めてヨロシクね。