「おー、亜季ちゃんおかえり~♪」
「あぁ、ただいま」
学校から帰ってくると、いつものように彼女が出迎えてくれた。
双子の姉妹。唯一の家族。
「お疲れ~、お腹空いてるでしょ? 晩ごはん出来てるよ~♪」
「今日は亜季ちゃんの好きなカレーライス! 鰈の乗ったライスでもないし、加齢臭のするご飯でもないからね!」
「ちなみに、夜の設定なのに背景が真っ昼間じゃねぇかよ、なぁーんてメタ的なツッコミは受け付けないぞぅ♪」
「……」
彼女はよく喋る。よく笑い、よく動き、よく走り回る。 まったく、似てない姉妹だなと思う。
彼女の社交性の三分の一でも分けてもらえれば、もっと円滑にコミュニケーションを取ることが出来るだろうに。
「今ご飯よそるね!亜季ちゃんは座ってくつろいでていいから♪ あ、ビールでも飲む?それとも発泡酒? あ、第三のビールってのもありか!」
「いや、ないね! ないない! だってそれノンアルコールだし!ビール味のジュースとかちゃんちゃらおかしいね♪」
「……って、お前ら未成年だろーっ! ってね!お茶の間は総ツッコミ! 志村ー、うしろうしろー! みたいな♪」
「……」
「……あっ、亜季ちゃんの視線が冷たいよ!エターナルフォースブリザードな目ぇしてる!」
「わかった! お腹が空いてるんだ!ごめんごめん今すぐ持ってくるからね~♪」
「亜季ちゃんのお腹と背中がくっついてグロテスクな死に方をしないようにちょっぱやでディナーにします!」
「加速装置! びゅーん!」
そう叫ぶと、彼女はキッチンへと消えていった。
私はソファーに座りテレビを点けた。無味乾燥なバラエティーを聞き流し、お茶の入ったコップを手に取る。
「はぁ……」
ため息をつくと幸せが逃げていくのは本当だろうか。だったら私は、いったいどれほどの幸せを逃し続けているのか。
――――自分を変えたい?
「……え?」
なんだ、今のは。
テレビの音ではない。気のせい、とも思えない。しっかりと聞こえた。
「亜季ちゃーん♪お待たせー!」
両手にお皿を抱えた彼女がリビングに戻ってくる。
スパイスの効いたカレーの匂いが、ふわりと漂う。
「さぁ、冷めないうちに召し上がれ♪」
ぱん、と手を合わせた彼女につられ、私もそれに倣う。
まぁ、いい。今は食事をしよう。
「いっただっきまーっす!」
「いただきます」
――真夜中。私は夢を見た。
「――っは!……はぁはぁっ!」
暗闇の中、飛び起きる。鼓動が早い。心臓が飛び出しそうだ。恐怖心に支配され、深く深く掘られた穴に突き落とされたような感覚。
ひとりがこわいひとりがこわいひとりがこわいひとりがこわいひとりがこわいひとりがこわい――――。
呪詛のように繰り返される言葉が、自分の口から出ていることに気づく。
「うぅっ……」
寒くて、自分の肩を抱く。
――――。
思い浮かべられる人の顔があるというのは、幸せなことだ。瞼を閉じ、瞳の奥で、思い浮かべる。
大丈夫。大丈夫だ。
カーテンをめくり、夜空を見上げる。月はおろか、星さえも見えない曇り空。遠くの街灯だけがぼんやりと、真夜中に瞬いていた。






