……。
……ねぇ?
食卓に並んだものを見て、私は声を上げる。
あ、先食べちゃってていいよー!
声の主はキッチンから洗面所へと駆ける。ぱたぱたとスリッパの音をさせ、忙しなく動き回る。まったく、朝から騒がしい。
私はリモコンを手に取りテレビの音量を上げた。
右から左へ流れるどうでもいいニュース。フォトジェニックな笑みを携える女子アナウンサー。無難なことしか言わない癖に世間を斬ったつもりでいるコメンテーター。
ニュースがバラエティー化し、バラエティーがニュース化している。テレビはオワコン。ジャーナリズムなど眉唾だ。
「あっ!…ちょっと亜季ちゃーん!柔軟剤どこに置いたのー!?」
呼ぶ声と、がさがさと物を漁る音が聞こえる。――あぁ、そういえば昨日買ってきて部屋に置いたままだっけ。
「……私の部屋の机の上」
「んー!?…部屋ぁー!?」
だだだっ、と階段を駆け上がる音。転びやしないかと心配になるほどだ。ばたん、だだだっ。初めて訪れる親戚の家に興奮して走り回る子供のような彼女の足音。
「……もう少し静かにできないの?」
「えーっ!?なーにぃー!?」
声は洗面所から。ピッピッと電子音。しばらくして洗濯機の回る音が聞こえ始める。
「よーっし、一段落!ごはんごはーん!」
不規則なステップ。こんな狭い家の中でスキップをしようという試みは、――私にはない。
「ありー?亜季ちゃん、まだ食べてなかったの?」
――双子だが、私達は似ていない。
顔立ちや背格好はほぼ同じであるが、そこにある表情や立ち振舞いは似て非なるものがある。
いつもにこにこしてテンションの高い彼女。対して、ポーカーフェイス(よく他人にそう指摘される)で無愛想な私。
小さい頃は間違えられることが頻繁にあったが、物心ついてからはそれもなくなった。素材は同じでも、工程過程で在り方は変わっていくのだろう。
「私のこと待っててくれたのかなー!そんじゃ!一緒に、いただき――」
「待って」
「ん?なぁに?」
にこやかな笑顔で箸をつけようとする彼女を制す。食卓に並んだ朝食に目を移す。共に食事開始の合掌をするために待っていたわけではない。
「これは、何?」
思ったことをそのまま口にする。茶碗を持ち上げ、彼女の眼前に差し出した。
「ん?炊き込みご飯だよー、昨日の晩ごはんだって食べてたじゃん。亜季ちゃんも美味しいって――」
「そうじゃなくて…」
「――なんで炊き込みご飯に納豆が乗ってるのよ!?」
そう。この味音痴に文句を言うためだ。だって、納豆? 炊き込みご飯に? 味がついてるのに?おかしいじゃない!
「わっ、亜季ちゃんがキレてるなう。一大事だー!」
「えぇ!一大事よ!確かに昨日美味しかったって言ったわよ!おかわりもしたわよ!そう!せっかく美味しかったのに!」
「なんで納豆なんか乗せたのよ!」
「ありっ?亜季ちゃん納豆嫌いだったっけ?」
「そうじゃなくて!なんでわざわざ炊き込みご飯に乗せたのかって話よ!」
「それと…オンザ納豆は百満歩譲って許すとしても…」
「おかずとしてジャムが出てるのはなんで!?米に?米にジャムを塗れというの!?甘くて苦いマーマレードを!?」
「だっけっど、気にっ、なるっ♪」
「誰もマーマレード・ボーイの話なんてしてない!」
「うわぁー、亜季ちゃん、ボケ殺しぃー」
「ボケるなっ!」
「いやいや、だってさ、朝だから、甘いものあった方がいいかなー、って。ほら、牛乳」
「それもおかしい!ジャムがあって、牛乳があって、パンは!? で、その代わりが炊き込みご飯!?しかも納豆の乗った!」
「もぐもぐ♪べりー美味しい♪」
「無視して食うなっ!」
「あっ、占いカウントダウンの時間だ!テレビテレビ~♪」
「……!」
「……」
「……疲れた」
彼女はマイペースだ。いつもにこにこしてテンションの高い、双子なのにまるで考えの読めない彼女。
私にとっての唯一の家族で、同居人で、姉妹。
――ねぇ、亜季ちゃん。私達、ずっと一緒だよね?
幼少の頃の記憶。震える声も、体も、すべて覚えている。すがるような、祈るような瞳。守らなきゃいけない、私の大事な、家族だ。






