「きょーすけは、何で本気出さないの?」 都香が言った。僕は思う。コイツは、僕が凄いヤツだとでも思っているようだが買い被りだ。二人並び歩く道で僕は都香にそう返した。
「嘘だよ。いつだってきょーすけはそーやって嘘付くんだから」 しかし都香は取り合わない。いつだって、と都香は言うがそれは都香だって同じじゃないか。僕は口を閉ざした。ようやく“こーちゃん”から名前に忠実な“きょーすけ”に呼び方が変わった都香は、けれど僕への認識は改まらない。何の刷り込みなんだろうか。阿佐前と鳴海の主従に関する連綿と続いた交詢のせいか、はたまた父さんと朋香おばさんの姿を見ているからか。
今年度、僕と都香は中学を卒業する。来年はお互い寮生活になってこうやって帰ることも無い。同じ学校へ進学するが、戦績と言う実戦成績の良い都香は僕と違って人気者だろうからたとえ同じクラスになったとしても今と同じように関わりの薄い環境になるだろう。僕としてはぎりぎりでやっと入った学校だし戦績を上げる努力もしたくないしそれで全然構わない訳だが。
率先でないにしろ戦争に巻き込まれ、軍事訓練や武器の扱い、護身術としての格闘技が当たり前になってしまった世界。時代に逆行していることくらい自覚している。
それでも、嫌なのだから仕方ない。
顔を覆う少女、顰めっ面で立ち尽くす青年。この状況を誰が望むと言うのだろう。話で聞いただけでこんなにも嫌な気持ちになると言うのに。
都香はわかっているのだろうか。隣をチラ見しすぐ前を向く。が、反射神経の良い都香は即感付いて「なぁに?」と訊いて来た。僕はすかさず、何でも無い、答えて明後日を見てた。
「むぅ。なーんか隠してない?」 頬を膨らませるが僕からすればどうでも良い。
僕は僕で父親の声がしていたからだ。
“何で戦争なんかするんだろうな”
“誰かが死ねば、誰かが泣くのに”
“戦争なんか、するべきじゃないんだ”
勿論、現在のものじゃない。僕の父は今この国にいない。国からの要請で、若く優秀な医師だった父は戦場の非戦地地帯で軍医をしていた。父や医療従事者だけじゃなく、工学系など優秀な技術者は要請が在れば各国戦争をしている国に派遣されている。都香の父親も航空宇宙工学の技術者で他国にいた。戦闘機を造っているのだ。
「……ま、良いや。高等学校上がったら飛行訓練始まるんだよっ。 楽しみ!」 都香は、五歳のとき軍の新しい戦闘機のお披露目会で縦横無尽に飛び回る機体を観て以来操縦士になるのが目標だった。
僕を巻き込んで。都香は昔から過信をよくする。それは自分だったり、他人だったり、僕だったり。信じることは良いことだけど、あまりに純粋で表裏一体になりがちなのが汚点だった。
疑うことを知らないのは諸刃だ。自分のことも他人のことも僕のことも。
「楽しみだね! ね、こーちゃんっ!」
……。ああ、そうだね、と僕は嘆息に塗れた返答をした。
後悔は、常にしないことは無い。
呼吸するように人は過ちを重ね。
花びらが落ちるように
葉が落ちるように。
日々、積もる。
気付いても、もう……。
────そして、すべては急転へ。
【Fin.】