“クオリア”

猪崎、お前を殺す。俺がこの手で。

………この町に…猪崎がいる…

そう考えただけでも 全身の血液がぐつぐつと音を立てて沸騰しそうだった。

猪崎 神威

彼奴は俺のすべてを奪った男。 俺の肉親は地上から失せた。 親友はコンクリート詰めにされた。

すなわち、俺の生き甲斐でもある。 奴を殺すということだけが 俺を成り立たせている。

…………

中華街。

奴がこの周辺に居るらしいと 小耳に挟んだ。

これまでも 何度か彼奴を殺そうとしたが、 すべて未遂に終わっている。

………奴はどこだ…?

生涯を掛けた相手。 逃しはしない…次こそは。

………

どこだ……どこだ、猪崎。

お前が俺の生き甲斐なんだ。 お前を殺さなくてはいけないんだ。

彼奴を殺すイメージを。 常に頭の片隅に 置かなくてはいけない。

そうしなければ生きた心地がしない

奴が見つからないことに 俺はひどく、深刻に焦燥した。

喉は乾き、呼吸は荒くなる。

頭を刺すような痛みが襲う。

……どこだ……どこなんだ……

苛立ちは次第に 制御が効かなくなり、 俺は猟犬のように彼奴を 血眼で探す。探す。探す。

………ッ!

俺は不意に見上げたビルディングの屋上に、見慣れた殺人鬼の姿を見て 挙動不審に走り出した。

猪崎……猪崎……

殺さなきゃ……猪崎を…俺が…!

ビルディングを 狂ったように駆け上がり、屋上。

ギィっと音を立ててドアを開けば、

そこに猪崎はいなかった。

先刻まで、ここに居た。 居たんだ。居たはずだ。 居なくてはならない。

猪崎……

プツンと何かが切れる音がした。 理性だったか、人間性だったか。

今まで溜め込んだ焦燥、苛立ちが 絶頂を迎える。

猪崎ぃ………!

猪崎いいぃぃぃッ!!!!!!

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

子供の八つ当たりのように、 そこら中を蹴飛ばす。

忍ばせていたナイフを無我夢中で、 見えないものに対して 縦横無尽にただただ振り回した。

ハァッ……ハァハァ…

猪崎……どこだ…

二日後

まだ、今は犯罪者ではない俺は、 警察へ猪崎の行方を聞きにいった。

警察は、猪崎がどれほどの罪を 犯したかなど知らぬ。

ただの行方不明として 猪崎は認知されている。

いつもいつも、ご丁寧に 俺の殺害計画に 協力してくれる警察だったが。

今回は違かった。

猪崎が……死ん…だ…

それの事実は 俺に衝撃よりも虚無感を与えた。

猪崎はビルディングの 屋上から飛び降りて死んだらしい。

嘘だ……奴が死ぬ訳がない。

俺がこの手で、 殺さなくてはいけないのに。

俺は、遠い昔に手に入れた猪崎の 携帯電話番号へ掛ける。

お掛けになった電話番号は現在、 使われておりません。

世界には、どんなに やらなくてはいけないことでも

勝手に済まされてしまう場合が あるらしい。

B
e
f
p
q
r
s
K
O
Keyboard Shortcuts
  • J Next page
  • K Previous page
  • [ First page
  • ] Last page
  • E Enable/disable bubble animation
  • 0 Manual page turning
  • 1 Slow page turning
  • 2 Normal page turning
  • 3 Fast page turning
  • P Start/stop auto page turning
  • ? Show keyboard shortcuts
Play Again
More Stories
Posted at 2013/04/08 20:40 Viewed 19 times

From Author

お掛けになった電話番号は現在使われておりません。

Comments

Login to Write your comment