早朝、普段騒がしい校内がシンと静まり返り、凛とした雰囲気を感じられる。
なにしろまだ授業の始まるニ時間程前であり、校内にいるであろう生徒など数えるほどしかいないからだ。
俺はいつもどおり校内の涼しい空気を吸いながら、下駄箱に靴を納めて校内に入ろうとしていた。
といっても、特に目的なんてなく。
ただ朝飯をゆっくり食べる。 それだけだ。
今日は行きつけのコンビニに新発売のパンが置いてあったので、それを食う。
イヒヒと怪しく笑いながらいそいそと教室に向かおうとした時だった。
遠くから声が近づいてくる。 女生徒のようだ…と気づいた時に俺はその声の主に気づいた。
あかりだ。
ここから立ち去るか、立ち去らないかを迷ったが、好奇心に負けてその場に残ることにした。
幸いにも、クラスの女子と男子の下足箱は反対側に位置しており、反対側の様子は見えないのである。
早朝ということでシンと沈まった校舎内では、会話を交わす二人の女生徒の話は通常の音量でもよく通った。
部活動の話をしているようで、これからの内容やすすめたい計画など楽しそうに話していた。
聞き耳を立てるまでもない内容だ。好きな男の話でなかったことにホッとしながらも、少し残念だと思う。
このまま気づかれないうちにクラスに向かうかと、静かに音を立てない下駄箱から廊下へと向かおうとした。
あれ、これなに?
下駄箱から何かが飛び出し、蝶のように舞って、みかげの上靴に当たるのが見えた。
みかげはそれをあかりにはい、と渡すと言葉を続けた。
二組の滝川君からのようですよ。
え、あ、滝川くんってだれだっけ?
かなこが好意を持って、よく騒いでる男子ですよ。 なんでも『学校で一番イケメン』だとか、
でも、変ですね。彼とあかりには接点はないですよね?
う、うん。全然知らない。
と、いうことは、これはもしかしてあかりに対するラブを伝えるお手紙だったりするかもですね。
え?つ、つつつまり…。
ラブレターではないかと!
ガタンッ
後で聞き耳を立てていた俺は思わず物音を立ててしまった。
下駄箱から廊下に出てきた俺はちょうど二人の視界に収まる位置に立っている。
静かな校内では、今立てた音はよくよく響いたらしく、話をしていた二人ともきっちり目があった。
俺は片手をあげて、「おはよう……」と挨拶をした。
おや、川瀬君。 おはようございます。 朝から騒がしいご登場ですね。
なんともいえない表情のみかげと恥ずかしそうに頬を赤く染めるあかり。
た、たたたたかしくん。お、おは、おは、おはよう。
きょ、今日も早いねっ。
ふ、ふた、二人こそ早いなぁ。 な、なんでこんな早くにいるんだよ。
あかりの吃りがうつってしまった。 柄にもなく慌てている俺に、みかげは静かに聞いてきた。
部活動です。 ところで単刀直入に聞きましょう。 どこから聞いていました?
これ以上嘘を重ねてもしかたない……。 俺は正直に最初からだと答えた。
さ、さ、さ、最初からってことはつまり……。
あかりの紅潮した顔は真っ赤と言えるほど染まり、ヤカンが沸騰したようになっている。
たかしのバカーーーー!!!!
あわあわと慌てた様子であかりは上靴を慌てて取り出すと、そのままバタバタと校内に走っていった。
一度だけこちらを振り向きべーっと赤い舌を出すと、吸いこまれるように校内に消えていった。
走り去るあかりの足音を聴きながら、残されたみかげに俺はなんと言えばいいのか言葉を探した。
……で、どうするんです?
みかげは淡々とした様子であかりが残していった下足を下駄箱に放り込み、俺を見上げる。
俺を見上げる姿勢でありながらも、彼女を前にするといつだって俺は年上の女と話すように緊張する。
どうって、いったって……。 おれがどうこうできる問題じゃないだろ。
ありますよ。
今はそうでもないようですが、あかりと川瀬君は幼馴染と言う名の腐れ縁であるのでしょう?
それならば、ただのクラスメイトよりも、私情を交えて話をしてもいいのではないかと。例えば……。
滝川はよくない!!俺はお前が好きだ!!
……という感じ告白でもなさってはどうでしょう?
俺の感情がダダ漏れじゃないか!! というか、いつの間にかみかげにばれていたらしい。
俺が、幼馴染の山岸あかりに対して好意を抱いているということが。
それで、どうするんです?滝川という名も知らぬ生徒Aにあかりを盗られてもいいんですか?
まぁ、滝川という輩について、かなこから何度も話を聞いていますが、なかなかの好人物らしいですよ。
成績優秀、スポーツ万能、交友関係も広く、好意を抱く女生徒も多いのだとか……。
……誰かさんでは対立候補にすら成りえないようですねぇ……。
ズバズバと鋭い切り口であっという間にみかげは俺をなますにすると、あぁ、思い出したように一つ加えた。
……で、本当にいいんですか川瀬君。
私は彼女の友人ですので、私情を交えて彼女を操作する気はありません。
あなたに味方をして滝川の悪口を吹き込む気も、あなたの良い所を売り込む気もありません。
でも、私は……私個人は……あなたとあかりがお付き合いしたらお似合いなのではないかと思います。
みかげはそういって、それでは、と頭を下げてその場をあとにした。
峯岸みかげ。
あかりの友人で、クラスでも幼い容姿と大人びた口調で一目置かれている。
彼女がそんな風に言ってくれるなんて意外だ。
俺とあかりが付き合う……か……
滝川からあかりへのラブレター、みかげの言葉。
平凡な日常に降って沸いた出来事に、俺はこの先どうすればいいのか、未だ決めかねていた。